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Vampirephilia


















 だってあの満月だって

 その裏の貌は けして見せたりしないでしょう――?























 時刻は午後十時を回ろうとしていた。
 しまったな、と思う。
 今日この場へとやって来たのは二人。
 龍一朗と、文乃である。
 そして龍一朗が主に黒燐蟲を暴走させ、敵を喰らい尽くす力を振るうのならば自然と足が止まるのだ。
 となると――当然文乃が前へ出て敵と相対することになるのは明白であったのに。


 ――ゴーストタウン『紫刻館』――。

 一般に、ゴーストタウンに現れるゴーストは、侵入者――とはいえこの場合能力者のみに限った話だが――の力が強ければ強いほどに、応じて力を増大して現れる。

 その法則と理は今だ正確に明かされてはいない、だがある程度の仮説は立てることが出来る。
 それはつまり、能力者が振るう力の源がやはり詠唱銀であることが原因ではないかということだ。
 修行を積んだ、いわゆる『強い』能力者ほど強大な詠唱銀を身に纏い、発散しているものだ。
 結社において、より能力者としてのレベルが高いほどサクリファイス――場に溜まる残留詠唱銀とでも言うべきもの――が、貯まりやすいのが同じ理屈だ。
 よって、やはり、詠唱銀をその存在の根本、源とするゴーストへも能力者が発散する詠唱銀が影響を及ぼすのではないだろうか――龍一朗はそう考えていた。

 今日この場へとやって来たのは二人、龍一朗と文乃だ。
 そしてより強い力を持つのが龍一朗であるというのに、二人の発散する詠唱銀の影響を受けたゴーストらの攻撃を、比べれば小さいと言わざるおえない文乃が受け続けてきたのだ。
 それは消耗もするだろう。
 それを思っての、しまったなという彼の胸中の呟きであったわけである。
 時刻は午後十時を回ろうとしていた。
 彼が身の内に飼い馴らす黒き蟲達にすでに傷を癒す力は無い、そして文乃の旋剣の構えも切れてしまった。

 そこへ来ての、黒の住人からの痛手であった。
 疲れも出ていたのだろう、まともに喰らった文乃はあわや意識を手放しそうになりながら、肉体を魂の力でねじ伏せて辛くも住人を切り捨てることには成功、際どいところで勝利することが出来た。
 だが、それで終わりではない。
 ゴーストタウンと一言で括っているが、それら階層、部屋には固有の『場』というものが存在する。
 簡単に言えば『ナワバリ』とでもいえるだろうそれに拠ってしか、『彼ら』は出現することは出来ない。
 そこで今、彼らはすでに祓い終えた館の一室で身を潜め、休めている。
 ここでいう『場』とは、物理的なものであると同時に時間であり、理でもある。
 それは一つのGTの内部にあって、地層のように積み重なり、物理的には同じ側面を持ちながらもまったく別種の、断裂された異なる次元を形作るものなのだ。
 あとは最後の部屋を残すばかり、黄金の仮面をつけた稀代の猟奇殺人鬼のゴーストを倒せばこの『場』は完全に沈黙させることが出来よう。
 だが、そのための余力が足りない。
 撤退を薦めはしてみたものの、高い矜持を持つ文乃はそれはイヤだと断固拒否の意思を示していた、人前で弱音を吐くのを忌避しているとすら言っても良いその態度をどこか微笑ましくすら感じながら、暫く休めば大丈夫だという文乃が動くのを龍一朗は待っている。

 月は満月、どこか怪しいヴァイオレット・ムーン。
 紫刻館から見る月はいつも多かれ少なかれ紫の色を抱いているなと思う。
 これもこの館という『場』が持つ力、名の所以だろうか――そんなことを考えている時に、ふと思いつく。

「…そういえば、吸血の力を活性化してきたと言っていたな?」
「…ええ。使うつもりはさらさらなかったけれど活性化しておける余裕があったから…それがどうかして?」

 ソファに身を横たえた―そんな姿を見せているだけでも憤慨ものだろう―彼女が億劫そうに身を起こし、答えた。
 相変わらずその顔色は悪い、紫の月光に照らされた肌は蝋の如くに白く、表情に精彩がないのが見て取れた。
 腹は決まった、少なくとも試してみる価値はあると。
 ソファの隣へと腰を下ろし、シャツのボタンを上からゆっくりと三つ外して彼は言う。

「俺から吸え。せめても一撃では倒れない程度に」
 そう、回復する手段ならまだ残されていたのだ。
 吸血噛み付き。
 従属主ヴァンパイアが有するそのアビリティは対象1体の首筋など急所に噛み付くことによって、その傷口から血液やエネルギーを吸収する力を持つ。
 普段ゴーストに噛み付くなどとんでもない、とその力を嫌がっていた文乃だが、今日この場へ活性化して来てくれていたのは幸運だった。

「そんな…!…そ、そんなこと出来るわけないじゃない」
 慌てて視線を外した文乃の喉がごくりと鳴るのを、龍一朗は見逃さない。
 そこでもう一押し。
「…このままだとここで夜明かしだぞ?」
「…それは困るわ…」
「ならば致し方あるまいよ?ほら、覚悟を決めろ」

 紫の月に見下ろされた洋館の一室。
 壁紙に染み付いた薔薇の香りと埃の匂い。
 暫く沈黙の幕が下りて。

 ギシ…と、錆付いたソファのスプリングが立てる音すらこの『場』では耳障りの良い効果音。
 この『場』に恩讐に凝り固まった人間の心の残滓、ゴーストは無い、場を支配するのはルナティックを駆り立てる妖しい月光と静謐なる空気。
 吐息が彼の首筋に、そっと触れる、ちくりとした痛みが身体をかけるも彼の首へしがみ付く細い腕と圧し掛かる香りと柔らかな身体の重み。
「…ぁー…ん…」
 一度、文乃の白い喉が動くと、青ざめていた彼女の頬がみるみるうちにばら色のそれが宿るのを見て試みが成功したのを知る、安心させるよう浮かべていた微笑が本物の感情を含んだそれに変わる。
「アナタの血って…甘いのね」
 一度吸ってしまえば吸血姫の行動に迷いはなかった。
 二度目には花びらを思わせる唇が吸い付き、腕に力が篭る、全身でしがみ付いて来る。
 三度目には吐息が乱れた、舌を傷口を舐めて一滴すら逃してたまるものかと流れ出る生命の雫を猥らがましく捉えて嚥下した。

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 ――ところでGTには、学園が配置したカメラが存在するのを知っているだろうか。

 ゴーストの姿こそ捉えることはないものの、中でPTが全滅した際緊急に人を送り込んで救助するためにと備えられているシロモノである。
 そのカメラの赤外線ランプが視界の隅に移っているのを確認しつつ――龍一朗は文乃の髪を、そっと撫でたのである。










 あ、その後GTをきちんとクリアはしたものの、帰り道で「絶対誰にも言わないで」と、赤い顔のお嬢様が念を押してきましたとさ☆






【注意】
 この記事は筆者の創作です。
 実際のシルバーレイン上と食い違う点等、多分に含まれておりますのでその点充分ご注意の上、お楽しみいただけますようお願いいたします。
















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by ryu-itirou | 2008-10-14 23:10 | 画廊